競争が激しい小売業界やサービス業では、
優れた接客スキルを持つ店舗スタッフが重要な要素となっています。特に、若い新人スタッフに対する接客教育は、彼らの将来の成長を手助けするだけでなく、顧客との信頼構築にも大きく影響する事でしょう。
一方で、接客の多くはOJT(On the Job Training / 上司や先輩が、部下や後輩に対して、実際の仕事を通じて教育していく事)が中心となります。
特に専門性の高い商品を店舗で販売する場合、ノウハウは社内独自のものになりやすいでしょう。そのためここでは、なるべく汎用性のある内容で、若いスタッフはもちろん、年齢問わず”新人”スタッフへの教育で抑えておきたいポイントをまとめていきます。
では、一般的な新人教育とはどのような視点で始めていくべきなのでしょうか?
ステップ1 店舗の存在価値を伝えること
その店舗において、新人がこれからどのような価値を顧客に提供しようとしているのか。その根本をまずは説明するところからはじめてみましょう。
なぜこの店舗が存在しているのか
店舗の存在意義についての教育です。存在する意味を話すことができなければ、継続した店舗の成長はもちろん見込めないでしょう。採用過程を経て初めて勤務した新人に対し、このお店がなぜ存在しているのかを説明します。
誰のために存在しているのか
そして誰のための店舗なのか、を補足しましょう。これは主な顧客ターゲットを明確にするという点でも役に立ちます。顧客の行動、考え、ライフスタイル、そこで生じるニーズや問題に対する解決を提供するための店舗、という枠組みで話しを行います。
この店舗が提供しているものは何なのか
そして顧客のニーズ、問題を解決するためのサービス、についてさらに深堀をして伝えましょう。つまり店舗で販売している「もの」について説明することになります。
その際も、ただの「もの」ではなく、それが顧客に役立っているのか。価値があるものなのか?できれば製品ごとにカテゴリ分けを行い、1カテゴリ毎に想定される顧客像を伝え、「利用する顧客の姿」と「そこで店舗の製品を使っている姿」を想起させる説明が理想です。
新人スタッフが把握しにくい価値について、明文化して伝える
しかしこれらの内容は、最初に説明したからといって覚えられるものではありません。繰り返し伝え、仕事を通じて体感することで新人スタッフの理解が深まります。
そこで接客マニュアル等でも良いので、重要なトピックを抜き出し、明文化して読める状態にしたコンテンツを作っておきましょう。毎日確認することは難しいですが、定期的なミーティングの際に見直します。
また新人スタッフが次の若い世代を教育する立場に立った時、そのように明文化されたものがあることで説明がズレることなく、一貫して伝えることができるメリットもあります。
ステップ2 製品のストーリー、ブランドについて教育する
店舗の価値や提供するサービスについて話が終わったら、次は製品のストーリーに対して理解を深めましょう。ブランド品を取り扱っているのであれば特に、そのブランドの生まれた背景、歴史を顧客に説明することはとても需要です。
単一ブランドの店舗の場合
ブランドストーリーには、感動や共感を呼び起こす力があります。
顧客は製品やサービスだけでなく、その背後にあるストーリーや価値観にも興味を持ちます。ブランドストーリーを共有することで、顧客との感情的な結びつきが生まれ、ブランドへのロイヤリティが向上します。
特に単一ブランドの店舗ではこれはとても重要なことです。新人スタッフだから許されるわけでなく、全てのスタッフが「このブランドは魅力的である」ことを真摯に伝えられるようにならなければ、顧客は離れていってしまいますし、購入する決断をすることは無いでしょう。
さらに興味深いブランドストーリーは、顧客の”共有したい”という感情を生み出します。良い口コミやSNS上での共有が増えることで、ブランドの知名度が向上し、顧客が新たな顧客を連れてくる良い循環を目指しましょう。
複数ブランドの店舗の場合
複数ブランドを取り扱う店舗であっても、新人スタッフに伝えるストーリーに変わりはありません。しかし単一ブランドの店舗に比べると覚えることははるかに多く、習得に時間がかかることでしょう。
この場合、まずは店舗売上の上位を占めるブランドから順に教育を行う事で、より効率の良い成長が期待できます。
小売業を選ぶ新入社員は、マネジメント側に立ちたい傾向がある
新入社員意識調査(卸売業・小売業界編) によると、新入社員のうちマネジメントの立場につきたい割合は、他業種に比べ多い傾向にあるようです。
このような新人、若手が上に立った時、その部下にこれらのバックグラウンドやブランドの意味を伝えていく事ができるのか?は長期的な視点で考えたときに非常に重要です。
ステップ1と2については、将来を見据えた教育を心がけましょう。
ステップ3 あいさつ等の基礎について学ぶ
あいさつはコミュニケーションの基本であり、顧客との関係を築く入口となります。特に店舗にはじめて来店する顧客は、多少なりとも緊張しているものです。表情や声のトーンにも気を配り、相手に親しみを感じさせることを心掛けましょう。
笑顔の作り方を学ぶ
笑顔は、人とのコミュニケーションにおいて強力な武器です。穏やかな雰囲気を生み出し、相手とのつながりを深めます。
鏡を使った笑顔の練習も効果的でしょう。鏡の前で自分の顔を見つめ、意識的に笑顔を作ることで、顔の筋肉を活性化させることができます。
最初は不自然に感じるかもしれませんが、継続することで徐々にリラックスした笑顔が身につきます。笑顔の練習は、自己肯定感を高める手助けにもなります。
アイコンタクトについて
アイコンタクトも、信頼感を生み出すツールですので、教育内容に加えることをおすすめします。店舗では、挨拶を声に出さない方が良いシーンも多々あるためです。
たとえば視線を合わせ、軽く会釈をするだけで、相手に対して「気が付いていますよ」「何かあれば声をかけて頂いて構いません」と、真剣に向き合っている印象を与えることができます。
目は感情や意図を表す大切な手段であり、逆に、視線を合わせないことは不誠実な印象を与え、顧客を不安にしかねないことを覚えておきましょう。
さらに、アイコンタクトは言葉以上に強力なメッセージを伝えることもあり、感謝の気持ちや共感、喜びなど、言葉だけでは表現しにくい感情が、視線を通じて相手に伝わります。
店舗のみならず、ビジネス環境においても、アイコンタクトは重要な役割を果たします。会話の中で相手の目を見ることで、自分の自信や説得力を高めることができますし、覚えておいた方が良いスキルの一つです。
新人スタッフに、立ち姿と姿勢を教える
スタッフの立ち姿や姿勢は、お店の清潔感や整然とした印象にも大きな影響を与えます。
まっすぐできちんとした姿勢は、プロフェッショナルな印象をつくりだし、顧客に清潔感や信頼感を与えられるでしょう。逆に、だらしない姿勢や不潔な印象は、お店のイメージを損なう可能性があります。
例えば手は前で組む(後ろ手に組まない)、猫背のスタッフであれば姿勢を正すよう定期的に教育して意識をつけさせるなど、店舗全体の印象にかかわりますので注意していきましょう。
名刺の渡し方について
ビジネスシーンだと当然の名刺の渡し方も、店舗の場合はあまり重視されることがないようです。しかし店舗の若手、新人はこれから自分の顧客を作っていかなければなりません。店舗の形態にもよりますが、専門的な商品を扱うお店であればあるほど、自分を覚えてもらうため、次回の来店を促すためにも名刺はなるべく渡すようにしましょう。
それが将来のリピーター獲得につながります。
ステップ4 身だしなみのルールを教える
新人スタッフに教育する上で、意外と難しい点がこの身だしなみです。
身だしなみは姿勢や挨拶と同じくらい、第一印象を左右する重要な要素です。きちんとした身だしなみは、信頼感やプロフェッショナル感を与えますし、お店全体のイメージ向上につながります。
清潔な制服、整った髪型、爪の手入れなど、細部まで気を配ることが求められます。また、特に飲食店や美容室などでは、衛生面への注意も欠かせません。
店舗の決まりごとについて
店舗の種類や業態によって異なりますが、制服や服装はお店のイメージに合ったものであることが重要です。
髪型やメイクについても、お店の規定に従いつつ、清潔感を保つことが求められます。特に飲食店では食品衛生上の理由から、髪をまとめたり、適切なネットを使用することが一般的です。
メイクも適度で清潔感があり、お店の雰囲気に合ったものを心掛けましょう。
身だしなみについて、基準となる例を作っておこう
これらの例の多くは、文章で書いていても理解しづらいでしょう。良い例、悪い例を事前にスタッフに協力してもらい撮影し、基準となる写真を用意しておきましょう。
またそれに対して補足するかたちで、髪型・服装・ネイルやメイクなど、男女別に基準となる内容を文章で追記してまとめておくとわかりやすいマニュアルとなります。
マニュアルにまとめて盛り込む方法も有効です。
ステップ5 電話の受け取り方に関するスタッフ教育
ショップでの電話応対は、お客様との最初のタッチポイントです。そのため非常に重要な役割を担っており、適切な受け答えを心掛けることで、お客様との信頼関係ができあがります。
店舗に電話をかけたとき、愛想が無かったり、暗い声だったり、小さくて聞き取りづらかったり、誰もがそのような不満を持った経験はあるでしょう。そうならないためにも、若いスタッフには初期段階で店舗の電話対応の品質、求めるクオリティについて共有、認識をあわせておくことが大切です。
最初の挨拶を決めておく
電話を取った時の挨拶の仕方を決めておきましょう。
- 〇〇(店舗名)でございます。
- 〇〇(店舗名)、〇〇(自分の名前)でございます。
- お電話ありがとうございます、〇〇(店舗名)の〇〇(自分の名前)が承ります。
など、店舗で事前に決めた失礼のない、分かりやすい言い回しを作ることをおすすめします。
取り次ぐときのルールと、取り次ぎ方について
新人スタッフは顧客からの電話による質問に対して、回答するための十分な知識がないかもしれません。そのような場合は、より詳しいスタッフへ電話を取り次ぐ必要があります。
ここでは具体例として次のようなパターンが考えられます。
- 顧客の名前を確認する。
- 顧客の用件を伺い、取り次ぐ際には復唱して確認する。
- 「今すぐに、詳しいものにおつなぎ致しますので、このまま少々お待ちいただけますでしょうか」などのワードを決めておく。
- 必ず保留にしたのち、取次内容を共有する。
クレームの電話に対する一次対応の教育
顧客からの電話は、「探している商品がある」「在庫を確認したい」「お店への行き方は」などポジティブなものばかりではありません。
「購入した製品を返品したい」「製品が壊れた」「前回の接客に不満がある」と言ったクレームの電話もよくあります。
そのような電話を受けた場合には、新人スタッフでは対応が難しいケースもあるでしょう。クレーム案件だと認識したら、まずはご迷惑をおかけしていることに対する謝罪と、「詳しいものにかわります」と言って用件を必ず引き継ぎましょう。
特に、顧客が急に話始めてしまうと、用件を正しく把握していないまま電話を取り次ぎがちです。これは顧客からすると「既に先ほど話をしたのに、また一から説明しなければならないのか」と火に油を注ぐことになります。
顧客の用件は必ずメモをするか、または電話を取り次ぐ際に復唱し、クレーム内容に相違が無いかを確認のうえで取り次ぐ必要があります。
ステップ6 声をかけるタイミングと基本ワードについて
ステップ1から5までを学んだら、あとは実際に顧客に対してアプローチをする基礎について教育していきましょう。一言でいえば「接客スキルの向上」であり、経験を積む必要があるため時間がかかりますが、ここではその入り口について解説します。
話しかけるタイミングを教育する
顧客が来店された際、どの程度の時間を空けてからファーストアプローチをするのか、事前にすり合わせておくことが大事です。
この一言の目的は「スタッフはお客様に気が付いていて、いつでも対応する準備ができていますよ」というメッセージを伝えることです。
来店してすぐに話しかけるべき環境なのか、または即退店する可能性がない業態であれば、じっくり時間をおいてから話しかけるべきなのか。店長や会社の方針にもよりますが、事前に教育しておくことで顧客に対して一定のサービスを提供することが可能です。
セカンドアプローチの言葉の引き出しを用意しておこう
次に話しかける場合、「さらに細かい接客へと入っていきたい」と思って話しかけることが多いでしょう。ただ新人の場合は、言葉が出ない、何を言っていいかわからない、話がつながらない、という悩みを抱えがちです。
経験や知識を蓄えることで徐々に成長するものですが、ここではそのヒントとして、セカンドアプローチのキーワードを決めておくことをおすすめします。
つまり、「製品のカテゴリ毎に、説明と質問する内容を決めておく」ことです。例えばパーカーを良く見る行動をしている顧客に対しては、”説明”の点からは「パーカーのサイズの特徴」「パーカーの素材」「カラーの種類」と言った要素を話すことができますし、”質問”の点からは「どのようなシーンで着るものを探しているのか」「(プレゼントを探している様子なら)ご自身用に探しているのか」「いま持っているアウターやパンツの種類は」などが話題のポイントになるでしょう。
ただこれらは、製品のカテゴリによって少しずつ異なります。アクセサリーであれば、サイズやカラー展開などはそこまでないかもしれません。
これらのキーワードをパターン別に分けておき、引き出しとしていつでも出せる状態にすることで、最初のきっかけをつくり、より多くの経験を積むことができるでしょう。
まとめ
この記事では、新人スタッフが入社、最初に店舗に立つ日からまず初めに行っておいた方が良いポイントを6つのステップに分けて解説しました。
特に店舗の存在価値についてや、店舗が提供しているものは何かなど、抽象的な話になると、日ごろの業務ではなかなか話す機会が無くなるものです。接客研修、OJTを通して伝えることを意識しましょう。また最初の基礎レクチャーを充実させることで、新人、若手スタッフにとっても教育を受けられる安心感が得られ、緊張感を和らげる事ができるでしょう。